【艦これ聖地巡礼】重巡洋艦『筑摩』と松本市の筑摩神社は関係していた

今年が始まってまだ間もないが、今年一番驚いた。今回は艦これ聖地巡礼について書こうと思う。


以前から私の地元のツカマ神社という存在は知っていた。今回、帰郷した際にツカマ神社に行ったのだが、そこで下の写真を目にした。



護衛艦『筑摩』。おや、これは重巡筑摩の事ではないだろうかと思った。そこで初めて、この神社が『筑摩神社』という漢字を使う事に気がついた。今まで「ツカマの花火大会」や「ツカマ神社が~」と「ツカマ」の呼び方だったので気がつかなかったのだ。灯台下暗しとはまさにこの事。



本殿(写真の建物の後ろにある)は国の重要文化財になっており、松本市で最も古い神社という事(穂高神社説もある)なのだが、驚いた事に無人で「御用の方はお電話ください 080-xxxx-xxxx」と書かれているだけ。仕方がないので電話して「お札を頂きたいのですが!」というと、「今行きます!」と神主さんらしき人が応答した。10分程で神主さんらしき人が到着。その人の話を聞くところによれば、「筑摩」は「ツカマ」でも「チクマ」でも良いのだとか。その昔は「ツカマ」と呼んでいたらしい。そして、重巡筑摩の名はそこから取られたとの事。ネットには千曲川(旧筑摩川)ともあるがどちらなのだろうか。



まあとどのつまり、名前を引き継ぐ『護衛艦 筑摩』もこの筑摩神社に由来するという事になる。ちなみに、筑摩神社の横に流れる川をたどると千曲川へたどり着く。


そもそも、なぜ筑摩神社へ行ったのかというと話が長くなるので手短に話すが、我がご先祖様をたどって行くと筑摩神社へたどり着くのだ。信濃国筑摩郡松本を領地とし、やがて筑摩神社の神官大名となったと言われている松本彦太郎なる人物が我がご先祖様と言う事らしい。そこから分家やらなんやらとなり今に至るのだとか。

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